ワイン葡萄造りへの道のり~取締役 柴田優伸(しばた たかのぶ)さんに伺う
長野市信更町。市の中心部から車で30分余り、国道19号から側道に入って林の中を進んでいくと開けた斜面が見えてくる。標高は約500メートル。畑には大小さまざまなブドウの木が並ぶ。
「昼夜の気温差があってブドウの栽培には最適の場所です。秋が楽しみだ」
住民有志のうちの一人、ワイン用ブドウをつくる「キラリ信更」の取締役、柴田優伸さんはそう言って、約20アールの畑を見渡した。
信更地区で生まれ育った柴田さんは、祖父の代から続く土木建設業「柴田興業」の社長を務めている。しかし昨今、若者は地区外に流出し、近くの小学校も閉校した。過疎化が進む地元の将来を危惧した柴田さんは、地域の活性化につながる事業を模索した。
そんな時、知人であるマスターソムリエの高野 豊さんからワイン用ブドウの栽培を勧められた。信更地区の標高や気温がブドウの栽培に最適だったからだ。
「次の世代の若者に引き継いでいけるものを残せるなら」
平成25年5月、地元の仲間を募り、5人で「ワイン葡萄しんこう会」を設立する。当然、ブドウ栽培の知識はゼロ。県主催のワイン生産アカデミーに参加したり、東御市や塩尻市のワイナリーを見学したりして学んでいった。
27年3月には、事業を本格化するため「キラリ信更」を設立した。資本金は1050万円で、市の補助金も活用した。ブドウの栽培面積も着々と増え、この年は地区内の約1.5ヘクタールの畑に、メルローやシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランなど約8千本の木を栽培している。その秋には畑で育てたブドウを初めて収穫し、長野市内の会社に委託して試験醸造を実施をした。そして翌28年、栽培面積は2.3ヘクタールへと拡張し、地元の小学校4年生(10歳)を迎え入れて、「2分の1成人式」と称する植樹祭を行った。大事なのは2分の1成人式が、毎年の恒例行事として地域に定着していることだ。参加した地元の子供たちの記憶に残るイベントとなっていることが、とても意義深い。
そして、やはりソムリエ高野さんを通じて、背中を強く押してくれる運命的な人との出会いがあった。
角藤農園の場長を務めるカリスマ葡萄栽培家故・佐藤 宗一さんである。この出会いが、キラリ信更に無くてはならない葡萄造りの栽培技術の向上の道標となった。
佐藤さんは惜しげもなく、全面的にその40年間培った知識と技術を提供してくれた。
そのお陰もあって、令和2年には信更ワインとして本格的な販売に漕ぎつけることができたのである。「佐藤場長の協力を得ることで、キラリ信更は大きな前進を遂げることができた。」と柴田さんは語っている。
一方、メンバーの一人が酒造免許の取得手続きを始めるとともに、観光にも適した立地条件の良いワイナリー建設候補地も幾つかあがってきているという。
「ワイン葡萄しんこう会」の存在が、常に信更町における葡萄街作り構想において欠かせないものである。定期的に協議会を行い、有志メンバーの意思を尊重した活動方針の決定と共に情報共有をしてゆくことが、その活動の原動力となっている事を明記しておきたい。
ただ、2019年終わりに端を発し世界を震撼させたコロナ感染による影響は、信更ワインの事業進展にも影響を及ぼしており、障壁となっていることも事実である。
しかし、そういった逆風の最中でも打てる手を打って数年後には、長野市初のワイナリーを開設するのだという情熱に変わりはない柴田さんの強い意志を感じた。
最後に、キラリ信更のワイン葡萄栽培において絶えずその生育状態を把握し、状況の変化に終始目を光らせ適切な処置を講じ、日夜奮闘しているお二人がいるという事を紹介しておきたい。
一人は柴田さんの伴侶でありキラリ信更の取締役でもある柴田千恵子さん、彼女は現在長野銀座商店街振興組合の主催する「長野銀座にぎわい市」の会長も務め、開催期間中は毎週火曜日の信更産の野菜販売に12年間休むことなく携わる典型的な行動派、明るく大変世話好きな女性である。優伸さんと同様に地元の人望を集め、多忙を極める毎日を逞しく送っている。 ご夫婦の間には二人の息子さんが居るが、現在は家業である柴田興業の一員となって盛り立てている。
そしてもう一人がワイン葡萄しんこう会副会長の加藤公男さんである。信更町に魅了され、数年前から此処に居を構えご実家がある埼玉から独り離れて、葡萄づくりに心血を注いでいる。個性豊かで俳句を愛し、葡萄への愛情がとても深い方だ。
柴田優伸さんに加え、このお二人がキラリ信更の葡萄造りの功労者・言わば要である。
本気の人材が、新たな道を拓きそして、発展するか否かのカギを握っているということを、キラリ信更を取材するにあたって改めて実感した。